
高尾山は天狗信仰の霊山だって知ってましたか。
東京の西でくもん教室を開いているすずきです。
いたずらをしたくなる気持ちって誰にでもありますよね。
なぜ、そのような行動をしたくなるのでしょうか。
『ごんぎつね』は、多くの日本人が小学校の国語の授業で出会う作品です。話の筋を全部覚えている人も多いかもしれません。
それでも、改めて、今読むと、今の自分でないと見つけられないすごい発見があると思います。

『ごんぎつね』は「くもんのすいせん図書」に選ばれています。
私はくもん教室を始めてから、”くもんのすいせん図書”を知り、そこに紹介されている本を、日々楽しみながら、趣味を超えたライフワークとして読んでいますよ。

面白そうな本がたくさん紹介してあって、ゆうすけが、また勉強しないで本読んじゃうわね。
ごんは、「一人ぼっちの子ぎつね」だった
『ごんぎつね』は、児童文学作品をたくさん書いた新美南吉という人の代表作です。
いたずら好きの「ごん」という子ぎつねは、兵十がとった魚を、川の中に投げ戻してしまいます。
ごんは、後でこのことを深く反省することになります。
そして、兵十にいいことをしようと決めました。
毎日のように栗を差し入れました。
ところが、栗をもっていくために、こっそり家の中に入るところで、兵十に見つかってしまいます。
この短いお話しには、どうしても外すことのできないキャラクターの設定があります。
それは、ごんが「一人ぼっち」であるということです。
一人ぼっちだったから、ごんは、いたずら好きだったのではないか。私はそう思いました。ごんは、人間に自分の存在を気づいてほしくて、いたずらをしていたと思うのです。
「神さま」は何を伝えたかったのだろう
それにしてもなぜ、新美南吉は、あのような結末にしたのでしょうか。
私は、このお話を、小学生のときに教科書で読んだはずなのですが、ほとんど覚えていませんでした。少なくともラストシーンは全く記憶から消えてしまっていました。なので、最後はドキッとさせられました。「マジか!」という驚きです。
加助が兵十に、「そりゃあ、神さまのしわざだぞ」と言う場面があります。知らないうちに、栗やまつたけが置かれるという不思議な現象を、「神さまのしわざだ」という訳です。
ところが私は、読み終えた後、もしかしたら、ごん自身が、神の化身だったのではないかと思いました。
神さまのごんは、あの結末を通して、人間に何を伝えたかったのでしょうか。
見かけで判断してはいけない。
思い込みで突っ走ってはいけない。
そんなことを考えました。
兵十にとってはちょっと辛いですが、物語ののち、ごんの優しさと思いやりを一生大事にして生きて行くんだと思います。
二の句が継げない、その先にあるもの
『ごんきつね』を読んだ人、あるいはこのお話を覚えている人は、その多くが、「かわいそう」とか「切ない」という感想を持つのだろうと思います。
そして、最後のシーンを知ったのち、二の句が継げない(次に言う言葉が出てこない)気分にさせられます。
でも、そこで終わりにしてほしくありません。
私は、ごんが神の化身だったと考えて、人間に対する何らかの教訓があるのではないかと考えてみました。
あなたが『ごんぎつね』を読んだ後、何を感じたのかも、いつかぜひ聞かせてください。

保護者さまへ
この作品を知っている保護者の方の多くは、『手袋を買いに』は読み聞かせできるけど、『ごんぎつね』はちょっと辛い、と思うのではないでしょうか。
読んであげたあと、「何て話せばいいのだろう」なんて、ちょっと余計なこと考えたりしますよね。
どうか、余計なことは考えず、読み聞かせしてあげてください。子どもの反応にドキドキしながら。
さて、本がたくさんあるのですが、迷ったら「くもんのすいせん図書」に掲載されている絵本でいいと思います。黒井健さんの絵は、幻想的で美しいです。
お子さんと一緒に本屋に行って、気に入った絵本を選んでもらうのもありだと思います。
私も本屋でたくさんの絵本を手に取りましたが、どれも素晴らしいです。
釈然としない思い
私は、この作品が生まれた背景や、作者がこの作品に込めたメッセージを知りたくなって、新美南吉の特集をしているムック本や評論、それにネットの記事などを読んでみました。
なぜかというと、この本の大きなテーマが「孤独」であると感じていたにも関わらず、ショッキングなエンディングで突然終わってしまうからです。そこには「孤独」への解が示されていないのです。
調べる過程で、南吉が18歳のときに書いた作品であるということにまず驚きました。
結核により南吉は29歳で亡くなっていることも知りませんでした。
そしてついに、「釈然としない思い」の原因を発見します。
それは、『ごん狐』が「赤い鳥」という雑誌に掲載される際、鈴木三重吉によって大幅に推敲されていることでした。
冒頭の説明書き7行が、たった1行に削られたのは有名な話しのようですが、私は一つ見逃すことのできない、重大な直しに気が付き、絶句してしまいます。
(草稿)
「権、お前だったのか……、いつも栗をくれたのは――」
権狐は、ぐったりなったまゝ、うれしくなりました。(『赤い鳥』掲載作品)
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
物語の最後のシーンです。南吉の「スパルタノート(No.29-30)」をWebで見つけました。ご興味のある方はご覧ください。
南吉の草稿のままであったのなら、孤独なごんは、最期、同じ境遇の孤独な兵十に気づかれ、分かってもらえたことを知り、浮かばれたことがはっきり分かります。
でも、草稿のまま世に出ていたら、『ごんぎつね』は今頃どうなっていたのでしょうか。
「うれしい」が理解されず、ここまで普遍的な名声を得ていなかったとも思います。
当ブログは、公文式教室を開設していた元指導者が、個人として執筆・運営しているものであり、株式会社公文教育研究会およびそのグループ会社(本部)とは一切関係ありません。


