
「広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず。」さとう宗幸の名曲ですね。東京の西でくもん教室を開いているすずきです。
みなさんは、「えた・ひにん」について小学校で習いましたでしょうか。
私は、中学受験のために通った塾で、穢多(えた)・非人という言葉を初めて知りました。
この小説は、明治時代末期に残っていた、えたへの差別について書かれたものです。
徹頭徹尾、差別の実態が、武骨(骨ばってごつごつしていること)に描かれています。それはまるで、怒れる島崎藤村が、今私の目の前に現れて、人の世の不条理(道理に合わないこと)を、延々と語りかけているようです。

『破戒』は「くもんのすいせん図書」に選ばれています。
私はくもん教室を始めてから、”くもんのすいせん図書”を知り、そこに紹介されている本を、日々楽しみながら、趣味を超えたライフワークとして読んでいますよ。

面白そうな本がたくさん紹介してあって、ゆうすけが、また勉強しないで本読んじゃうわね。
穢多であるという宣言から始まる
冒頭は、大日向という金持ちが入院したところ、穢多という噂が広まり、病院を追い出されるところから始まります。入院前に腰掛けで泊まっていた宿に戻されると、今度は下宿のものが承知しません。『不浄だ、不浄だ』と無遠慮に罵詈雑言(ばりぞうごん)が口を衝(つ)いて出るのです。
主人公の瀬川丑松は、そこに下宿していて、この甚だ不快な事件により、転宿することに決めます。
私の勝手な思い込みかもしれませんが、通常、主人公の素性は、小説を中で徐々に明かされることが多いと思います。ところが、『破戒』は、この冒頭の大日向のエピソードを書いてすぐ、「丑松もまた穢多なのである」と明かしています。
ここに、作者の意気込みが表れています。物語のプロット(筋)を工夫するでもなく、読者の想像力をかきたてるでもなく、最初に主人公の秘密を明かすのです。
差別、保身、エゴ
私は冒頭でこの小説を「武骨」と書きました。
当時根深く残っていた差別という社会問題を、徹底的にあぶり出すため、
その差別というものを生み出している人間の保身やエゴというものを描き出すため、
これらをさらけ出した後、最後に一般の人々の良心に訴えかけるため、
作者はその目的に向かってのみ、この小説を書き上げたとしか思えません。
敢えて言えば、非常に強い意図をもって書かれた創作作品であるため、いろいろな点で、物語の展開にある不自然さが伴います。
例をあげますと、新進政事家(政治家と読み替えていいです)として高柳利三郎という男が登場します。彼が丑松に接してきて、ひとしきり話す場面があります。そこは、秘密を握り握られた人間のいやらしい交渉事なのですが、その後、丑松のことが噂として広がっていくのです。
読者に、「ああ、高柳がバラしたんだな」と思わせるために、この話を挿入したように思えますが、少し考えると、高柳がそんなことをするメリットはほとんどありません。丑松は報復するような男ではありませんが、本当に隠したいのであれば、相手を刺激していいことはないはずです。
ただ、その後の高柳の行動を見ると、思慮に欠いた人物ですので、それはそれで辻褄(つじつま)が合う(理屈が合う)のかもしれません。
これ以降、高柳の暴露が既成事実かのように、話が一気にクライマックスに向かって進んでいきます。
物語を自然に書き上げるより、優先されるべきは、差別、保身、エゴを白日の下に晒(さら)すことであり、高柳の丑松への交渉の様子を、丁寧に描くことこそが、人間のあさましい部分を浮き彫りにするために、大事だったのでしょう。
「新平民(えたの別の言い方)中の獅子」として世に知られる思想家の猪子蓮太郎と、列車でばったり会い、その後蓮太郎がわざわざ丑松を訪ねて、長い時間をともに過ごすことなども、必要だからこそ、多少なりとも強引に場面設定したのだと思います。
藤村の聖なる怒り
丑松が亡き父の生前の言葉を思い出すシーンがあります。
亡き父が臨終の前に、弟(丑松の叔父)に託す言葉があります。
そして、午後五時間目、国語の授業を半分で切り上げ、生徒の前で話す場面があります。最後の授業の一幕です。
もうこれを書いただけで、私は涙が止まりません。その光景については私は何も書くことができません。
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この小説の恐ろしいところは、一大感動フィナーレで終わらないところです。
一般人(読者)の良心を激しく揺さぶった上で、なお、差別を差別とも感じない当時の学校関係者のあきれ果てる実態、知識人のさもしい虚栄心、規則を盾に取り人としての心を失ってしまった大人たちを、なお執拗に描きます。
藤村の聖なる怒りが、如何ほどのものかが、筆を通してひしひしと伝わってきます。
ところが、この作品、何と最後はハッピーエンドなのです!本当に何もかもが。結末は、ちょっと唐突な気がしないでもないですが、「人生、必ず拾う神が存在する」ことを、最後の最後に作者は伝えたかったのでしょう。
「差別」と「いじめ」
『破戒』は差別の問題をテーマにしていますので、みなさんは、もう遠い昔の話だと思うかもしれません。ところが、この差別の意識こそが、「いじめ」問題を生み出しているのではないでしょうか。
自分より劣っている人を作ることで自分が優位であることに満足し、強い声に従うことで自分の身は守られます。場合によっては同じことが身近に起こっているかもしれません。そんなとき、みなさんはどう行動するでしょうか。『破戒』を読んで心の中に怒りの灯がともれば、見える景色は変わってくるでしょう。
最後に一言いわせてください
私がこの本を読んだのは、中学生のときでした。350ページもある長編小説ですから、読むのは大変だったと思います。途中で中だるみもあったはずです。
ですが、そのとき読んで受けた衝撃は、40年経った今まで、ひと時も忘れることはありません。
私は、みなさんにこの本を紹介したくて、このブログをはじめたといっても過言ではないのです。
戦後、日本国憲法で基本的人権の尊重が保障されるようになりました。その真の意味を知るには、この1冊を読めば十分ではないでしょうか。

保護者さまへ
日本文学史をちょっと調べると、明治39年に書かれた『破戒』と、明治40年に田山花袋によって書かれた『蒲団』が、日本の自然主義文学を決定付けたとして作品として、特別な意味を持っているということが分かります。
ところが、面白いことに『破戒』はくもんのすいせん図書に載っているのに対して、『蒲団』は載っていません。それは、小説が取り扱うテーマの違いによるものですが、そもそも累積発行部数が全然違います。『破戒』はそれだけの普遍性を持っているのだと思います。
40数年ぶりに『破戒』を読み返して、少年の私の琴線に触れた言葉や一節や光景が、よみがえってきました。それは、思った以上に正確に、私の心に刻まれていたことへの確認でもありました。
藤村は、最後の授業を描くために、どれほど考え抜いたのでしょうか。それを想像するだけで、胸がいっぱいになります。
読後に評論のようなものを目にし、賛否両論あることを知りました。でも私は、最後の授業で丑松の取った態度は、あれ以外に考えらません。藤村は、当時の(想定し得る)ありのままを描くことで、あの時代の空気に対する烈しい怒りを、小説内に凝縮させ、ものすごい熱量で読者の良心に訴えかけたのだと思います。
当ブログは、公文式教室を開設していた元指導者が、個人として執筆・運営しているものであり、株式会社公文教育研究会およびそのグループ会社(本部)とは一切関係ありません。


