『小さき者へ』~大人になったわが子に向けてのエール

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鎌倉の円覚寺は、北鎌倉駅から徒歩1分。すごく大きな臨済宗の禅寺です。東京の西でくもん教室を開いているすずきです。

ものごころがつく前に母親を亡くすということは、想像がつきません。そのような幼いときですから、父親が体験し書き留めた風景は、子ども自身は記憶していないのでしょう。

ですから、父親がこのような作品を子どものために残すというのは、子にとってどれほど有難いことでしょう。

ただ、私は、この作品を実際に子どもたちがいつ読んだのかが気になりました。

『小さき者へ』は「くもんのすいせん図書」に選ばれています。

私はくもん教室を始めてから、”くもんのすいせん図書”を知り、そこに紹介されている本を、日々楽しみながら、趣味を超えたライフワークとして読んでいますよ。

面白そうな本がたくさん紹介してあって、ゆうすけが、また勉強しないで本読んじゃうわね。

「くもん教室」は、独自の教材(算数・数学、英語、国語)を使って、「自分で学ぶ力(自学自習力)」を養います。「可能性の追求」を大切にしている教室です。

「くもんのすいせん図書」は、子ども達に人気が高く、優れた内容の650冊を選りすぐって紹介したものです。詳細は、「くもんについて」をご覧ください。

父の子に対する愛は生きることへの激励であった

文庫本で20ページのこの作品は、父の子に対する愛が痛いほど伝わる作品です。

然(しか)しながら、お前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、或(あるい)はいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。 (中略)だからこの書き物を私はお前たちにあてて書く。

『小さき者へ』 有島武郎 新潮文庫 P8-9

親が自分のことを愛してくれていると子が感じることは、何よりも重要なことですね。それを「永久にお前たちに必要なもの」と表現するのは、家長である父親の威厳に満ちていて、印象に残ります。

そして、「お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠い所に私を乗り越えて進まなければ間違っている。」とエールを送るのです。

似たような表現は、締めくくりも含め、何度も出てきます。

父親としての自己開示。それは暗く重い。

同時に、父親としての苦悩が、明け透けに描かれていて、それが作品を全体的に重い空気にさせています。

これは明治時代の知識人・文化人と言われる人の特長なのでしょうか。何事にも反省的で、上手くいっていない事象はすべて自分の責任として抱えるような思考が強く、そのような告白がたくさん出てきます。自虐的(自分で自分のことを苦しめるさま。自らを責め立てるさま。)といってもよいでしょう。

私はその頃心の中に色々な問題をあり余るほど持っていた。そして終始齷齪(あくせく)しながら何一つ自分を「満足」に近づけるような仕事をしていなかった。 (中略)ある時は結婚を悔いた。ある時はお前たちの誕生を悪(にく)んだ。

『小さき者へ』 有島武郎 新潮文庫 P12

これらの記述が延々と続くのです。

皆さんがもし、自分の父親がこのような文章を残していたら、それを読んだとき、どう思うでしょうか。私ならば、父の生前にこのような手記を読んだとすれば、複雑な気持ちを抱くと思います。

U氏の話し~特権階級の屈折した思い

この作品には、一箇所だけ家族以外にことに触れているところがあります。それは隣人のU氏です。U氏は貧困ゆえに、薬を飲むことができず、不幸も重なって死んでいきます。

「お前たちは母上の死を思い出すと共に、U氏を思い出すことを忘れてはならない。そしてこの恐ろしい溝を埋める工夫をしなければならない。」

社会的・経済的な格差の問題を取り上げて、その是正を子どもに託しています。

作者は時折、自分が特権階級であることに触れています。その偶然な運命をまるごと享受する(受け取って自分のものにする)のではなく、恵まれているのに、自分はどこか「欠けている」という思いを抱き続けているように思います。

ちょっと難しいですね。

母の毅然とした愛が、強烈な対比になっている

母親は自分の病気を知ったとき、全快しない限り子どもたちには絶対会わないと決めたことが書かれています。

辞世の句は、太陽の光よりも大きな愛を表現しています。

現実に悩み苦しみ、自分の心の弱さや抑えられない感情を、赤裸々に表現する父親と、清い心に残酷な死の姿を見せまいと、遺書を残して気丈に去っていった母親。

この作品は、幼い時に母親を亡くしてしまった不幸な子どもたちへの、父親からの勇ましいメッセージです。しかし、私には、そこに書かれる母親の静謐な(静かで安らかなこと)、そして無言の愛の方が、むしろ際立って見えました。

生前に書いた遺書ではないか

この作品は、母親の死から間もない時期に書かれました。年齢は39歳です。
私は、このとき既に、有島武郎は死を意識していたのではないかと感じました。

作品から少し外れてしまいますが、有島武郎は45歳のときある女性と心中します。
この時点で、そんな未来を予見していたとは思いませんが、心の中は、子どもへの遺書だと思って書いている気がするのです。

ここではこれ以上の引用は避けますが、書き出しと最後の方に、全く同じ文章が出てきます。これは偶然とは思えません。無意識のうちに、この手記を子どもたちが読むのは、自分の死後だと決めているかのようです。

冒頭で、「私は、この作品を実際に子どもたちがいつ読んだのかが気になりました。」と書きました。ただ、その心配はなかったのです。なぜならば、作者の生前には、まだ子供たちは一人前になっていなかったのですから。

保護者さまへ

児童文学の『一房の葡萄』とは違って、『小さき者へ』は将来一人前になった自分の子どもたちに向けて書いた手記です。なので、文章は少々難しいです。

今の時代の父親像とはかなり違うので、保護者が読んでみるのも面白いと思います。

当ブログは、公文式教室を開設していた元指導者が、個人として執筆・運営しているものであり、株式会社公文教育研究会およびそのグループ会社(本部)とは一切関係ありません。

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