『ビルマの竪琴』~主人公の決意はこんなにも深かったのか!

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ビルマは今のミャンマーです。かつての首都ラングーンはヤンゴンと読むようになり、今の首都はネピドーです。東京の西でくもん教室を開いているすずきです。

今まで生きてきた中で、ほんのちょっとしたきっかけが、あなたの人生を大きく変えてしまったことってありませんか。

例えば、ある映画を観たときの衝撃から、医者を志そうと決めたとか、ある音楽を聴いて感銘を受けてから、ピアノの練習に打ち込むようになったとか。

『ビルマの竪琴』は、戦争のお話しですが、個人の生き方や使命といったものに深く関わるお話しです。

『ビルマの竪琴』は「くもんのすいせん図書」に選ばれています。

私はくもん教室を始めてから、”くもんのすいせん図書”を知り、そこに紹介されている本を、日々楽しみながら、趣味を超えたライフワークとして読んでいますよ。

面白そうな本がたくさん紹介してあって、ゆうすけが、また勉強しないで本読んじゃうわね。

「くもん教室」は、独自の教材(算数・数学、英語、国語)を使って、「自分で学ぶ力(自学自習力)」を養います。「可能性の追求」を大切にしている教室です。

「くもんのすいせん図書」は、子ども達に人気が高く、優れた内容の650冊を選りすぐって紹介したものです。詳細は、「くもんについて」をご覧ください。

この隊は、いつも歌の練習をしていた?!

『ビルマの竪琴』は、竹山道雄という大学のドイツ語の先生が児童向けに書いた、戦争小説です。

戦争体験のない私たちは、このような本を通して、戦争を追体験(他人の体験を、作品などを通して、自分の体験としてとらえること)するしかありません。

こうした兵隊さんたちの中で、大へん元気よくかえってきた一隊がありました。みないつも合唱をしています。しかもそれが、むずかしい曲を二重奏や三重奏で上手にうたうのです。横須賀に上陸したとき、出迎えていた人々はおどろきました。

『ビルマの竪琴』 竹山道雄 新潮文庫 P5

この「つかみ」すごくないですか?

合唱にスポットを照らして、戦争という重苦しいテーマの中に、明るさや楽しさや希望をくっきりと映し出しています。

意外性にひかれて、一気に読み進めてしまうのは、私だけではない気がします。

軍服をつける日本と袈裟をきるビルマ

このお話しについては、極力あらすじについて触れるのは避けたいと思います。なぜならば、あらすじを披露してしまうと、みなさんが読みながら感じる「その先を知りたい」という強い欲求や、「どうなってしまうの?」というスリル(はらはら、どきどき)を奪ってしまうからです。

一方で、作者がこの物語を通して、子どもたちに向けて、何を考えてほしかったのか、何を伝えたかったのかの一端を、ここで紹介したいです。

一生に一度かならず軍服をつけるのと、袈裟をきるのと、どちらの方がいいのか?どちらがすすんでいるのか?国民として、人間として、どちらが上なのか?

『ビルマの竪琴』 竹山道雄 新潮文庫 P64

収容所の中で、この議論がくり広げられます。

「これは実に奇妙な話しでした。議論していくと、いつも、しまいには何だか訳が分からなくなってしまうのでした。」と書かれています。

今の時代からすると質問がそもそも「?」かもしれませんが、作者は自らの主張を述べたいのではなく、「考えてみて!」と願ったのです。

私はよく思います。―――いま新聞や雑誌をよむと、おどろくほかはない。多くの人が他人をののしり責めていばっています。「あいつが悪かったのだ。それでこんなことになったのだ」といってごうまんにえらがって、まるで勝った国のようです。ところが、こういうことをいっている人の多くは、戦争中はその態度があんまり立派ではありませんでした。それが今ではそういうことをいって、それで人よりもぜいたくな暮らしなどをしています。

『ビルマの竪琴』 竹山道雄 新潮文庫 P143-144

ここは明確ですね。作者の抑えきれない怒りがそのまま書かれています。

前後を読んでもらうとより分かるのですが、ここは、作者が全精力を傾けて「伝えたい」ことだったのだと思います。私にはビンビン響いてきました。

この態度は、遠い昔の話では片付けられません。悪い結果が起こった後に、誰かのせいにする。でも、たいてい結果が起きる前には何も言っていない。今でもあるあるではないでしょうか。

他にも、物語のエピソードを通じて、問いかけや作者の主張が出てきます。これらのほとんどが、今の社会あるいは個人に置き換えて、当てはまることが多いです。

茫然と立ちつくす水島上等兵の決意

この物語の主人公は、水島安彦上等兵です。

山をよじ、川をわたって、そこに草むす屍、水づく屍を葬りながら、私はつくづく疑念にくるしめられました。――いったいこの世には、何故にこのような悲惨があるのだろうか。何故にこのような不可解な苦悩があるのだろうか。われらはこれをどう考えるべきなのか。そうして、こういうことに対してはどういう態度をとるべきなのか?

『ビルマの竪琴』 竹山道雄 新潮文庫 P214

これは、水島の自分への問いかけです。そして、人生の一大決心をします。

冒頭に書きましたが、人生が大きく変わるきっかけは、本当に不思議なものです。
水島は、導かれるように賛美歌を合唱している場所に行くことになります。そこでみた光景に、しばらく茫然と立ちつくすのです。
もし目的地にもう少し早く到着していたら、翌日の夜明けに少年に出会わなかったら、そこに行くことはなかったのですが。

いや、行かない可能性はなかったのです。(その訳はあとで少し話します。)

さて、そうなることが必然だったとして、みなさんは水島の一大決心をどう思うでしょう。私は、この小説を読み終えた後、頭では理解するのですが、心の底から共感するような気持にはなれませんでした。

人の生き方、使命といったものは、1万人いたら1万通りですね。損得勘定や、好き嫌いでは測ることのことのできない突き動かされる思い、それは誰にも止めることはできません。その思い(決心)は、自分とは違うものであっても、神々しいものです。

みなさんが、水島上等兵の一大決心についてどう感じたのか、是非聞きたいです。

大事な裏話

「あの物語は空想の産物です。モデルはありません。」

おーーー、そうなんだ。

新潮文庫には、「ビルマの竪琴ができるまで」という短い文章が、「あとがき」との間に挟まれています。そこにはっきりと、空想で書いたことを明かしています。

作家自らが、自分の小説の舞台裏について、インタビューやエッセーで語ることはあると思いますが、一つの本の中にそれがセットで置かれていることは、非常に珍しいことだと思います。

なので、作者のこの告白文は、物語と一体として捉えてみるのがよいと思います。
ここには、この物語に託した作者本人の思いが存分に記されています。

実は、作者は、祖国にいて、大学の教え子たちの出征を見送り、そしてその訃報に接していたのです。葬儀にでると、何の形見も遺骨もないことに胸をつかれた、と書かれています。

そのことと、ある雑誌を読んで知った戦場での惨状とがつながり、「どうしてもしなくては!」という、ある思いが湧きあがったのです。

それが、水島という男の選択に、すべて投影されていることが分かります。
それを知った私は、すべてを了解し、涙を禁じ得ませんでした。

この物語の語り手である「私」は誰?

この隊にいた一人の兵隊さんが、次のような話をしてくれました。

『ビルマの竪琴』 竹山道雄 新潮文庫 P6

第一話の前の冒頭に、このように書かれて、物語ははじまります。
しかし、この話し手であるはずの「私」とは一体誰なのか、最後まで分かりません。

なぜならば、物語はいつも、「隊長は」、「古参兵は」、「水島は」という他人が主語で書かれており、それ以外は、「われわれは」で括られているからです。

ところが、1箇所だけ「私は」という主語が出てくるのです(他にもあったらごめんなさい)。それが、先に触れた「私はよく思います。――」のところです。

一人の兵隊さんの考えにしては、無理がありますね(笑)。

語り手の「一人の兵隊さん」とは、作者の竹山道雄だったのです。つまり、作者は兵隊たちと共にいたのです。

保護者さまへ

多くの保護者の方は、いろいろな形でこのお話しに接してきたかと思います。映画化もされていますね。

作者は、戦時中を生きた一人の日本人として、私を含む戦争を知らない世代に、戦争の悲惨さや無念さを伝えると同時に、一人一人がそこから逃避せず、自分の生き方を決める力強い勇気や、前向きに立ち直ろうとする希望を残してくれました。

こんなにも長い間、読み継がれている(2024/9/23のAmazonによれば、新潮文庫は106刷、250万部)のは、そこに書かれている、さまざまな問題提起や作者の主張、あるいはそこに描かれている個人の選択や生き方が、今の時代においても一向に色あせないものであるからだと思います。

当ブログは、公文式教室を開設していた元指導者が、個人として執筆・運営しているものであり、株式会社公文教育研究会およびそのグループ会社(本部)とは一切関係ありません。

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